ウェブを公共圏として再設計できるか
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この文書は 2026 年 3 月に実施された都知事杯オープンデータハッカソン Demo day での LT 発表スライドです。
もとは Marp 記法で書かれ、ウェブ上での公開にあたって平易な Markdown 記法に書き下したほか、ハイパーリンクなどを付与しています。
この文書は CC BY-SA 4.0 のもと再配布可能です。
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ユルゲン・ハーバーマス さま、ご冥福をお祈りいたします。
2026 年 3 月 15 日 Nawashiro
TOC
- 0. その前に都知事杯の感想
- 1. なぜソーシャルメディアは公共圏になりにくいのか
- 2. 公共圏のモデル: 図書館
- 3-1. 匿名性は公共性を壊すのではなく、支えることがある
- 3-2. よい会話にはルールがいる
- 3-3. では、ウェブ側で何を設計すべきか
- 4-1. Polis や Maven が面白い理由
- 4-2. 分散型 SNS が面白い理由
- 4-3. ID スキームが面白い理由
- 5. ウェブは公共圏になれるか
- 6. 参考文献
0. その前に都知事杯の感想
- 体調がくそ悪くてしんどかった
- オンライン実施にもっと力を入れてほしい
- 奇妙な縁によってここまでこれた
- 学歴のない障害持ちの無職としてはありがたい
1. なぜソーシャルメディアは公共圏になりにくいのか
問題は「ネットは荒れる」ではない。問題は、会話空間が熟議より競争に最適化されていること。
- ハーバーマスが言うには、ソーシャルメディアは包摂的な公共圏というより 「競争する戦場」 に近い。その結果、熟議の質そのものが劣化する。
- クリス・ベイルが言うには、ソーシャルメディアは自己呈示と反応を簡単にし、自己と対他人の認識を歪める。
キーワード
分極化 鏡に写った自己 計算社会科学 クリス・ベイル『ソーシャルメディア・プリズム』 半公共圏 注意経済 ユルゲン・ハーバーマス『公共性の新たな構造転換と熟議的政治』
2. 公共圏のモデル: 図書館
図書館は排除されにくい会話と支援のインフラ。公共圏には参加条件の設計が必要。
- 収入や出自に関わらず、無記名でアクセスできる
- 助けが欲しいときに訊ねる人がいない人が、情報・人にアクセスできる
(図書館は)社会的烙印に抵抗する場である
Paugam-Giorgetti 2013 p.14
キーワード
図書館 リヴィング・ライブラリー アントネッラ・アンニョリ『背景市長さま、こんな図書館を作りましょう』
3-1. 匿名性は公共性を壊すのではなく、支えることがある
公共圏に必要なのは、実名制よりも安全な参加条件
- クリス・ベイルが言うには、慎重にデザインされた匿名の会話は尊重と相互理解の土台づくりに寄与する。
- 重要なのは、偏見・属性固定・報復の恐怖を弱められるか
キーワード
計算社会科学 クリス・ベイル『ソーシャルメディア・プリズム』
3-2. よい会話にはルールがいる
哲学対話の基本ルール
- 難しい言葉で話さない(自分の言葉で話す)
- よく聞く(相手の言葉をさえぎらない)
- 考えが変わることを楽しむ(全否定をしない)
含意
- 対話は自然発生しない
- 対話には、場のルールと進行設計が必要
キーワード
哲学プラクティス P4C 得居千照・永井玲衣『ゼロからはじめる哲学対話』
3-3. では、ウェブ側で何を設計すべきか
- 排除されにくい参加条件 匿名性・低コストアクセス・安全性
- 対立を競争にしない会話構造 返信・引用・可視的数値・推薦の設計・社会ネットワークの設計を見直す
- プラットフォームに閉じない退出可能性 通信プロトコル、移行可能性、信頼できる脱出
キーワード
4-1. Polis や Maven が面白い理由
社会ネットワークにもとづく会話ではなく、テーマにもとづく会話。
- Polis: 意見集団どうしで共通して支持された見解を拾いやすい
- Maven: 推薦にかかわる評価は「最小基準を満たしたか」のみ。多様性を保つ設計
ポイント
- 会話に社会ネットワークを使わない。
- 会話に熟議のための支援機能を使う。
キーワード
pol.is ウィキサーベイ 次元削減 計算民主主義 デジタル民主主義 Maven 最小基準共進化
4-2. 分散型 SNS が面白い理由
公共圏には、信頼できる脱出が必要。
- ウェブは、会話空間が単一事業者に人質化されないことに貢献できる
- ウェブというのは、そもそも複数事業者による相互運用の仕組み
(消費者センター系の役所は、分散型 SNS について知ってたりする。囲い込みに対抗する文脈があるので)
キーワード
分散型SNS ATProtocol Nostr Fediverse Concrnt Indie web マイク・マスニック『プラットフォームでなくプロトコルを』
4-3. ID スキームが面白い理由
公共の会話は匿名でなければならない。だからといって、個人が識別できなければ会話がなりたたない。
ポイント
- 人間から見てわかりやすいこと(予測可能であること)
- 安全であること(悪意による損害が低く抑えられること)
- 分散していること(単一事業者に依存せずに、名前がそれぞれの存在へ正しく解決されること)
(すべて満たすことは不可能じゃないかと言われている)
キーワード
Zookoの三角形 DID(W3C勧告) 自己主権アイデンティティ ドメイン(インターネット) デジタル署名 IndieAuth(W3Cノート・Indie Web 標準)
5. ウェブは公共圏になれるか
なれる。たぶん。ただし条件がある。
壊れにくい会話条件の設計が圧倒的に不足している。
公共性は「誰でも発言できること」ではなく、異なる人が排除されず、壊れずに話せる条件である。
6. 参考文献
読んだ資料
- クリス・ベイル『ソーシャルメディア・プリズム』
- アントネッラ・アンニョリ『拝啓市長さま、こんな図書館をつくりましょう』
- 得居千照・永井玲衣『ゼロからはじめる哲学対話』
- マイク・マスニック『プラットフォームでなくプロトコルを』
- Martin Kleppmann『Bluesky and the AT Protocol: Usable Decentralized Social Media』
知ったかぶりした資料
- ユルゲン・ハーバーマス『公共性の新たな構造転換と熟議的政治』
- マリアネッラ・スクラーヴィ(2013)「市民参加」の定義